一方、身体性の共有をあえて遮断することで、企業変革を実現したケースもある。創業100年を超える老舗企業、内田洋行だ。
オフィス家具、学校教材、情報関連の3部門を擁し、長く事業部制を続けてきたが、物販中心のままでは変化に取り残されていくのは必至であり、ビジネスモデルの転換を迫られた。
しかし、既存の事業部制を解体しようとしても抵抗が強い。そこで、向井眞一社長(当時・現会長)は常識破りの決断を行った。古い体質に染まっていない新入社員だけを集め、既存のマネジメントの枠から完全に外す独立組織をつくったのだ。
2001年7月、向井氏が「合法的脱藩浪士の組織」と呼ぶ次世代ソリューション開発センターが発足。新入社員全員38人、2年目の9人が配属された。その徹底ぶりは、既存の事業部と一切の交流を断ち、身体的な接触までも禁じる絶縁政策を取ったことだった。「社内のおじさんには絶対近づくな」。向井氏は部員たちにそう厳命した。
独立組織はICT系組織として発足したが、新人には当然、知識もスキルもない。部員たちは取引先の先端的プロジェクトに1~2年間常駐して「丁稚奉公」から始めた。
やがて成長して戻ってきた部員たちを待っていたのは、社内とは絶縁状態のまま、独立部隊だけで新事業を立ち上げることだった。与えられたテーマは「ユビキタス環境(いつでもどこでも簡単にコンピュータ・ネットワークとつながる)を具現化すること」。案件は自分たちで考えなければならなかった。
部員たちは共同開発の相手を求め、再び社外へ出て行った。特に足を向けたのは大学の研究室だった。そこには研究室を核として意欲的な企業、研究所などのネットワークがあり、多彩な人材が利害関係を問わず、集まっていた。そこで揉まれ、切磋琢磨できたことは、部員たちにとって大きな収穫だった。
その成果として、慶応義塾大学と共同で組立式情報空間装置「SmartPAO(スマートパオ)」を開発するなど、新規事業は次々立ち上がっていった。
SmartPAOは、フレームなどを使って、あらゆる空間の内部に簡単かつ即興的にワイヤレス・ブロードバンド環境をつくることができるのが特徴だ。壁や天井に装置を埋め込まないため、環境変化にフレキシブルに対応できる。このSmartPAOの売上高の累計は4億円に達した。内田洋行は現在、 SmartPAOを扱っておらず、その後継として機能性とデザイン性を高めた「SmartInfill(スマートインフィル)」を販売している。
内田洋行は、次世代ソリューション開発センターの設立5年目の2005年7月、絶縁政策を解除する。それ以降は、独立部隊の同センターが開発したユビキタス事業を事業部も扱えるようにした。
やがて、事業部の人間が取引先に自社の最先端の取り組みを紹介する姿がよく見られるようになり、賛同した企業からは、「内田洋行だったらどう考えるか」といったコンサルタント的な案件も持ちかけられるようになった。